1.河童伝説_現場探訪の動機と感想


河童像1Ed2移住後この5年間、文学碑巡りや景勝地ジオツアーに参加する一方、その他の銚子の文化資産・史跡・景勝地を一人歩きし、銚子の魅力を探求してまいりました。
 しかし、「大新河岸」に見事な「母子河童ブロンズ像」が建立(銚子・銚子かっぱ村)されているのを、昨年、日本経済新聞に紹介記事が載るまで、筆者は全く知りませんでした。
 地元の中央町に住む友人に現地を教えて頂き、春の陽気に誘われて探訪してまいりました。

「銚子港ポケットパーク」に建立されている母子河童ブロンズ像写真1】~【写真3】の場所から、道路沿いに西に数十メートル行った道路の南側に「大内かっぱハウス(閉館中)」があり、そのハウス周辺にも色々な表   写真1(母子河童ブロンズ像正面)
情・姿態の河童石像(大内コレクション)が並べられて
ます。上記、河童伝説の現地で、筆者が得た主な感想を、以下に列挙します。
河童像2Ed2
(1)母子河童ブロンズ像の魅力は【写真1】写真
   2】からお分かりと思います。このブロンズ像の
   高度な製作技術、親子の顔の表情・体の健康美・
   子河童の躍動感など、素人の率直な印象として、
   「優れた芸術作品である」と感銘を受けました。

  お母さん河童は、優しそうな表情の中にも、利根
   川の上流方向
(子河童を泳がせようとしている
   
所を見ているのか?故郷の方向か?)をしっかり
    見据えた、凛とした芯の強さを感じさせる美人で
   す
。また、肢体全体から受ける印象は、水選手
   のように引き締まり、女性らし妖艶漂わ
   写真2(子河童ブロンズ像側面)     た、抜群のプロポンをしています

(2)一方、子河童は、大好きな水遊びをさせて貰えると大喜びし、今にも母河童を
   て川に飛び込もうとしている様子が、巧みに表現されています。


(3)正面【写真1から見る限り、母子とも河童には見えず、裸の人間の親子としか思
    ません。側面【写真2】や背後に回ってみると、河童特有の甲羅が付いているの
   で、初めて河童だと気付きます。


河童像3Ed2「これは河童ではない」と直感した理由は、
   各種文献やイラス
ト、さらには幼少時代に見
   聞きした知見からすると、「イメージの伝

   破り」、すなわち、妖怪として具備すべき河
   童の特徴が欠落してい
るからです。創作芸術
   作品と見做せば許される伝承破りと言えます
   が、これも見どころではないかと思いますの
   で、
観察結果詳細を以下に列挙します。
                           写真3(子河童ブロンズ像銘板
      母も子供も、河童の命とされる「頭上のメ皿」がない
            髪はフサフサとしていて「おかっぱ髪」ではない(ヘアピースを着用?)
      唇がやや突き出ているように見えるが「嘴」とは言えない
    ④ 「鱗」はなく、すべすべした美肌である
     ⑤  手足の指は人間と同じく5本で、「水掻き」がない


河童像4Ed25)この母河童ブロンズ像は、先にも述べたとお
   り、肌も艶々、
ッパイもついており、素晴
   らしい
肉体美を持つ、極めて人間姿
   しています。この点に関して筆者の想像・
   
想をあえて述べたいと思います。
   すなわち、この精緻な美ブロンズ像のモ
   ルは、「銚子かっぱ村」にお住いの美人若奥
   
様であろうか?銚子の利根川河口部童達
 写真4(ブロンズ像以前の親子河童石像        突然変異で、人間っくりの哺乳類に
   結果、陸上に住むようになり、「子かっぱ村」を栄えさせ、豊かで幸せな
   びを、満身で表現しているようにも見受けられます。

河童像5Ed2 
6)ブロンズ像の銘盤【写真3では、母子
   河童が人々を水難から守ってくれるよう
   に
なった切っ掛けが解りません。
   そもそも、こ
のブロンズ像の親子は、河
   童村を代表する人間社会の親子(甲羅

   変装用の衣装?)
なのか?
   水中に棲みついていたとされる母子河童
   (両生類)なのか?
   見方によっては何れとも受取れます。
   「千人塚」は、伝説から解釈すると、母
   
子河童に見放された方々が遭難し、その   写真5(カビの生えた古い雄河童石像
   
霊が祭られていると解釈してよいのか?
   筆者のように初めて訪れる観光客の立場からは、もう少し詳しい、あるいは論理的
   な母子河童伝説(ストーリー)
説明があれば有難いと思いました。

 7)他方、大内かっぱハウス周辺に並べられている多数の河童像は伝統的な河童のイメ
   
ジとは少々違っていて、「河童は怖く気持ち悪い妖怪」という先入観が打ち破ら
   
た。銚子の河童は愛くるしく、かつ、ひょうきん者です。 
   加えて、江戸末期
から至る数百年の間に、河童のイージが歴史的に大きく変
   
(進化?)しいる様子が覗ます。

河童像6Ed2(8)写真の小ぶりな親子河童石像は、かっては大内邸西
   
フェンスに西向きに展示されていたものが、現在は、大内
   っぱハウスの西側空地に、北向きに移設されています。

    江戸末期には河童の食糧事情がよくなったのか、これは今で
   いうメタボ体形です。
   肌は艶々
しており、鱗がありません。大きい河童(大人)が
   雌なら、「初代母子河童石像」ということになります。
   しかし、大きい河童が雌という証拠はどこにも見当たりませ
   ん。独断ですが、肌がつるつるの、このメタボ親子河童石像
   は、大新河岸に住んでいたとされる母子河童伝説の初
石像
 写真6(カビまみれ      として製作されたのではないでょうか?

   古い雌河童石像

(9)筆者の持つ河童のイメージに比較的近いのが【写真5】で、雄らしく体格も立派で
   す。この河童石像は、製作時期がかなり古いと推定されます。石
像表面のあちこち
   にカビ
付いて変色しています。これは肌にギザギザの鱗状の刻みが入っている
   で、
カビが付きやすいためと考えられます。
  

(10)【写真6はかなり古い河童石像らしく、カビで薄黒く変色していますが、なんと
ッパイが付いた雌童像です。足の指の間には、蛙のように水搔きが付いています。

                          《(下)に続く 》

   文責&画像提供 :  山川 純雄
  編集&ブログ登録 : 銚子ジオパーク推進市民の会』 HP&ブログ担当(伊藤 小糸)